ドイツのクリーニング業界
ドイツのクリーニング業界では、残念ながら多くの伝統的なクリーニング店が2019年末に始まったコロナ禍を生き残ることができませんでした。高齢の理由で店を閉めた業者もいましたが、小規模な家族経営の店舗は消えつつあり、中堅企業では、合併、買収を通じて集中化が進んでいます。その結果、ドイツのドライクリーニング業者の数は大幅に減少し、現在1,500社~2,000社の間です。
アパレル市場も縮小し、現在、多くの繊維製品には「洗濯機洗い」、「手洗い」、または「ウエットクリーニング」の取扱表示が付けられています。
水洗いはドライクリーニングよりも大きな市場であり、シャツ類だけでなく、ジーンズ・Tシャツ・ユニフォーム・テーブルリネン・寝具なども対象とします。ヨーロッパでは2000年頃から、ドライクリーニング対象のフォーマルウエアが減少し、ドライクリーニング業者の売上げが減少しています。そのため、従来行っていなかった水洗いを併用することで、あらゆる種類の衣類をカバーし、売上げ増に結びつけようとしています。
ドイツBÜFA社 Dr.JÖrg Schwerdefegert手記より
ドイツBÜFA社 ウエットクリーニング試験設備
ドイツのドライクリーニング溶剤の規制 |
第二次世界大戦後、ドイツは西ドイツ(ドイツ連邦共和国)と東ドイツ(ドイツ民主共和国)に分断されました。1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990年10月3日に東西ドイツが統一しました。
同時期、ドライクリーニング業界では塩素系の有機溶剤であるパークロロエチレン(略して、パーク)による、土壌汚染、地下水汚染が社会問題化しました。旧西ドイツを中心に、パークに対する厳しい法規制「ドイツ第2連邦エミッション保護法(1991年~)」が施され、パーク機の設置規制(精肉店への隣接禁止)、排ガス濃度規制(20mg/㎥=約3ppm以下)、カートリッジフィルター使用禁止、コールド機使用禁止などが法制化されました。また、フロンによるオゾン層破壊も問題となり、ドライクリーニング溶剤へのフロン(代替フロンを含めて)の使用が禁止となりました。
旧西ドイツではドライ機メーカーを中心に様々な環境保全対策が施され、遅れていた旧東ドイツ地域の土壌汚染や地下水汚染の改修も進み、ドイツ全体でパークによる環境問題を克服し、現在、パークは継続して使用できるようになりました。
環境立国としてのドイツは、ドライクリーニング業界でも他国の模範となり、日本からはパークによる環境汚染対策の調査・研究のため、環境省の調査団が派遣され、ドイツの環境対策が日本の法規制の参考とされました。
ドイツのドライクリーニング代替溶剤・代替技術 |
1990年代のパークの法規制で複数の代替溶剤・代替技術がテストされました。生き残ったのは、高引火点炭化水素、シリコーン、ソルボンK4、そしてウエットクリーニングです。
欧米でテストされたドライクリーニング代替溶剤・技術
採用された代替溶剤・技術 | 不採用の代替溶剤・技術(理由) |
・Ⓕ高引火点炭化水素(引火点:55℃以上65℃まで)
・Ⓕシリコーン(デカメチルシクロペンタシロキサン) ・ⓅソルボンK4(ジブトキシメタン) ・Ⓦウエットクリーニング |
・ブロモプロパン(毒性)
・液化二酸化炭素(コスト) ・グリコ-ルエーテル(検討中) |
現在、欧米ではパーク機の稼動は減少し続けており、ドイツでも新しい機械が販売されなくなりました。国によっては、消費量をさらに削減するために溶剤に高い環境税が課せられることもあります。アメリカでは昨年、EPA(アメリカ環境保護庁)がパークのドライクリーニングへの使用を10年かけて、段階的に禁止すると決定しています。
代替溶剤の高引火点炭化水素は、中央ヨーロッパと北欧を中心にヨーロッパ全土で広く使用されています。しかし、シリコーンは洗浄性能が劣ること、ジブトキシメタンは強い臭気が懸念されています。
ドイツのドライクリーニング溶剤・技術の変化
ドイツのドライクリーニング溶剤の特性
特性╲溶剤名 | パーク | 高引火点炭化水素 | ソルボンK4 | シリコーン |
密度g/ml(20℃) | 1.62 | 0.77 | 0.83 | 0.958 |
引火点 (℃) | ― | 62 | 62 | 77.7 |
沸 点 (℃) | 121 | 180-196 | 180.5 | 210 |
KB値 | 90 | 32 | 72 | 13 |
蒸発速度(パーク=1) | 1 | 17.5 | 17.5 | 50 |
汚れ除去性
(炭化水素=100) |
220 | 100 | 110 | 60 |
高引火点炭化水素:BÜFA TDC 2000
ドイツのドライクリーニング |
2024年、ドイツ・フランクフルトで開催のクリーニング関連の展示会「テックスケア2024」では、ランドリー・リネン関連のブースがおよそ80%を占め、ドライクリーニング関連は20%程度でした。特にドライ機の出展が少なく、イタリアからUNION、FIRBIMATIC、ILSA、RENZACCIなどのブランドはありましたが、以前に比べれば少ない状況でした。一方、水洗いの洗濯機メーカー、洗剤メーカーは今まで通りの出展があり、ドライクリーニングの衰退が映し出されていました。
F.M.B.グループ、RENZACCIHPより
アパレル市場に合わせた代替技術が「ウエットクリーニング」です。欧米のウエットクリーニングは、デリケートな繊維を水で簡単にクリーニングできるシステムで、衣類の色や繊維を保護しながら、優れた洗浄性能を発揮します。技術的には、コンピュータ制御の洗濯機で、水と洗剤を使用して洗浄し、洗い工程、すすぎ工程、乾燥工程で繊維を保護するための薬剤が添加され、染料のにじみ、形態変化を防ぎます。ほとんどのウール、シルクなど、「ドライクリーニング」表示の衣類の大部分を安全にクリーニングできます。
ドイツのクリーニング店 |
ドイツ・フランクフルト市内から東へ車で30分、ヘッセン州オッフェンバッハ郡の人口約27,000人のミュールハイム市にある、家族経営のクリーニング店「Ihre Textilreinigung」は、開業50年で、約30年前からウエットクリーニングを行っています。
洗浄設備は、パーク機2台とウエットクリーニング機2台で、人員5名で、1日約300~400点を処理します。パーク機の入替は5~10年で行い、常に最新機を使用しています。
処理比率は、ドライクリーニング75%、ウエットクリーニング25%で、生産性は高く、店舗での受付は8時から18時まで、工場の稼働は6時半から12時までと短く、クリーニング料金は、ドライクリーニングとウエットクリーニングで同額です。
クリーニング店舗・工場
パークドライ機
ウエットクリーニング機
ウエットクリーニング資材
日本でのウエットクリーニングの認識は、従来からの、生産性の悪い、ドライクリーニングの補完的な水洗い程度のものですが、欧米では、ウエットクリーニングは溶剤を用いたドライクリーニングの代替技術と認められ、普及しています。
今後のアパレル市場は水洗い対象品がますます増えていくことは確実で、ウエットクリーニングの重要性も増していきます。将来的には有機溶剤による洗浄は大幅に縮小されていくかもしれません。
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